なぜ日本の「ものづくり」は復活しないか
GE 巨人の復活 シリコンバレー式「デジタル製造業」への挑戦 という本を読んだ。 2015年に160億ドルの特別損失を計上したゼネラル・エレクトリック(GE)が、いかにして復活を遂げたかをまとめたものだ。 GE はベイエリアやシリコンバレーと呼ばれる地域のテクノロジー企業の文化を模倣し、復活した。ベイエリア式の文化とはすなわち、「リーンスタートアップ」であり、「デザイン思考」であり、「アジャイル」であり、「OSS」である。
- 「シリコンバレー式」のコピーは製造業でも有効か?
- デジタル筋肉(マッスル)のアウトソーシング
- 「デジタル製造業」戦略
- 売るのは「もの」ではなく顧客の成果を最大化するための「サービス」
- エコシステムを創り出す
- 日本の「ものづくり」の復活を阻むもの
「シリコンバレー式」のコピーは製造業でも有効か?
Google、Apple、Amazon、Facebookがすごいのはわかる。「リーンスタートアップ」などの手法は、顧客やユーザーでさえもわからないニーズを創造することに長けているし、僕自身もとても好きな考え方だ。だがそれは製造業でも効果的な手法だろうか。 GE がどのように「シリコンバレー式」の手法を取り入れ、成功したかを知るため、この本を手に取った*1。結論から言うと、 GE は「デジタル製造業」として生まれ変わった。データ分析や機械学習に必要なソフトウェアの自社開発を進め、 Predix を中心としたサービスを次々と生み出すプラットフォーマーとなった。
デジタル筋肉(マッスル)のアウトソーシング
1980年台以降、製造業の多くはソフトウェア開発をアウトソースした。 GE もそれは同様だった。だがその戦略は、ソフトウェアや IT に関する知識と技術すべて、本書の言葉を借りれば「デジタル筋肉(マッスル)」のアウトソースに他ならない。ソフトウェア開発をアウトソースだけに頼るということは、「デジタルで何が可能か不可能か」を知ることを放棄することにつながる。テクノロジーは日々進歩しており、「できるとこと」は日々増えている。にもかかわらず IT をアウトソースし続けるというのは、他社が最新のテクノロジーを使って新たなビジネスを生み出している中、今まで通りのやり方で今まで通りの製品を作り続けるということだ。 GE はこれまでの製造業の枠を飛び越え、サブスクリプション型や成功報酬型のビジネスモデルを確立した。そうした姿勢を学ぶためにも、本書は「ものづくり信者」に読んでほしい一冊となっている。
「デジタル製造業」戦略
GE のデジタル戦略は以下の3つだ。
- 生産ラインのデジタル化による生産性の向上
- ものづくりビジネスからデジタルサービスへの転換
- 新規マーケットの開拓
まずは自社の生産ラインのデジタル化からはじめ着手した。センサーデバイスによるデータの収集を行い、産業機器の稼働データ分析を行った。さらにデータ分析のサービスを自社の製品にも利用した。 GE の製品を購入した顧客は、データから故障予知などによる機器の稼働効率の最適化のメリットを享受できる。また、 GE がこのときに開発したデータ分析基盤は、他社にも提供した。それが Predix である。オープンなプラットフォームを提供したことで、 GE はいままでリーチできていなかった顧客までサービスを提供することができるようなった。
売るのは「もの」ではなく顧客の成果を最大化するための「サービス」
GE の新しいサービスは、材料や部品を仕入れて「もの」を作って売るという製造業の従来の考え方とは完全に異なる。「 GE の製品やサービスで顧客の得られる成果を最大化する」という考え方のもと生み出された。
この考え方は、 Airbnb や Uber からヒントを得ている。この2社はシェアリングエコノミーを創造した典型的な成功例だが、提供しているサービスは単なる需要と供給のマッチングのためのマーケットサービスだけではない。部屋を貸し出すホストや客を乗せて走るドライバーの利益を最大化する需要予測ツールを提供している。これにより、 Airbnb のホストや Uber のドライバーは、需要の変化にもとづいて価格を上げ下げできるので、利益を最大化することができる。
GE はこの2社を参考に、自社の開発した産業機器の稼働率や燃料効率を最大化するサービスを顧客に提供している。そのための主要な手法が機械学習による機器の故障予測だ。故障の時期が正確に予測できれば、定期的なメンテナンスのときに修繕や交換を行うことができるので、突発的な故障よりもコストへの影響を最小化できる。故障予測の分野は歴史が長く、もちろん多くの産業機メーカーは多くの知見を有しているが、それらはグループごとの予測しかできない。つまり、同じメーカーの同じバージョンの製品の故障確率はすべて同じように導き出される。実際は機器の使用頻度や環境によって故障の時期は前後するが、従来手法ではこれをカバーできない。一方で機械学習による予測は機器1台毎にモデルを作成する。これにより、特定の機器に対して故障予測を行うことができる。これは「IoT」や「ビッグデータ」、「機械学習」と呼ばれる技術がなければ不可能なやり方だ。この手法は Amazon がユーザーごとにモデルを作ってそのユーザーが買いそうな商品のレコメンドをしたり Google がユーザーごとにモデルを作ってそのユーザーが興味のありそうな広告を表示するのと同じ考え方だ。
エコシステムを創り出す
GE は自社の製品や生産ラインをデジタル化したときに開発したソフトウェアが他社にも有用だと考え、プラットフォームサービスとして提供した。これは Aamazon の AWS と Google の GCP と全く同じだ。さらに GE は AWS のパートナー戦略を参考に、プラットフォームを利用したソリューションを提供する IT ベンダーと手を組み、 Predix を中心としたエコシステムを作り出そうとしている。
日本の「ものづくり」の復活を阻むもの
仮に僕が日本の中小メーカーの社長で、ビッグデータ分析や機械学習のテクノロジーを利用して自社の製品やプロセスの改革を図ろうとするなら、「エーアイ活用室」なる部署を新設し、社内の従業員から適正のありそうな人物を数人見繕って(異動ではなく)現部署と新部署を兼務させ、「エーアイ」の活用法を探ろうとするだろう。それしか選択肢がないからだ。「エーアイ活用室」のメンバーは、日々の業務に忙殺されながら「エーアイ」などというよくわからないものを日経新聞で勉強しながら結局は SIer に丸投げする。 SIer は「エーアイ活用室」のなけなしの予算で実現可能な IoT 化を進め、なんだかそれっぽいプロセスの可視化ツールを作る。当然ながら、そのツールは僕の期待したものではない。自社の製品の価値向上にもプロセスのイノベーションにもつながらない何かが出来上がる。
必要最低限のものを素早く作って、そこから学んだことをもとに修正したり、方向転換(ピボット)したりするには自社でソフトウェアエンジニアやデータサイエンティストを雇うのが手っ取り早いが、その発想はない。人材は(大学院ではなく)大学からコミュニケーション能力の高い新卒を仕入れて社内で育て、 IT はアウトソースするものだからだ。 IT のアウトソーシングを続ける限りは、新しいビジネスやサービスを作り出すことはできない。どうしても他社の技術の後追いになる。後追いではコスト面で新興国のメーカーには勝てない。
今や IT はどんな業種であれビジネスを促進させるための重要な要素なのだが、自社の「ものづくり」技術のみにこだわり続ける限りは GE のように自社の産業機械に関するドメイン知識とソフトウェアやデータサイエンスを組み合わせたサービスは作れない。日本のメーカーが IT を軽視し、アウトソースを続ける限りは、製造業に復活はない。日本のメーカーがかつてのように世界をリードする存在になるとき、それは「ものづくり」の復活ではなく、 GE のようにリーンスタートアップを取り入れ、ソフトウェアとデータのちからを製造業としての「ものづくり」技術力を組み合わせる「デジタル製造業」に変身したときだろう。