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駄文型

プログラミングとか英語とかの話題を中心にした至極ちゃらんぽらんな日記です。

やましくないからこそプライバシーが重要

大阪市の生活保護プリペイドカード化に関するニュースが賛否両論だったのを見てなんとなく感じたことをまとめてみる。ちなみに利権云々は関係ない。プライバシーのおはなし。

やましいことがなければプライバシーなど気にしなくていい,という詭弁

プライバシーに関する議論になったとき,ほとんど必ず出てくる意見がある。「やましいことがなければ情報の開示(政府やサービス提供者による監視,またはネットユーザーの相互監視)に同意できるはずだ。プライバシーについて口やかましく権利を主張するのは,何か悪事を企んでいるからに違いない」というものだ。この意見はインターネットによる監視社会を快く思っていない人々の間でさえ広まっているかもしれない。

しかし,グレン・グリーンウォルドはこれを強く否定する。プライバシーが重要なのは,人は監視されていると感じると行動が著しく制限されてしまうからだと主張している。

最後に述べたいことがあります 「悪事を働く人間だけに 隠すべきことがあって プライバシーを気にする動機がある」 という見方についてです この見方を通して 2種類の極めて危険なメッセージ ― 2つの危険な考えが すり込まれます 危険な考えの1つは プライバシーに関心を持ち プライバシーを 求める人間が 必然的に「悪人」と 見なされてしまうということです こんな結論は 何としてでも避けるべきです 大きな理由の1つは 一般に「悪事を働く人間」と言う場合 テロ攻撃の計画や 暴力犯罪に関わるような人を 指しますが これは権力を 行使する側の人々の言う 「悪事」よりもずっと 意味が狭いのです 権力者にとっての「悪事」は 権力行使の妨げになる行為を 指すのが普通なのです

監視されれば必ず「やましいこと」がなくても行動は変化する。

例えば善良な人々が自宅で鼻歌を歌ったり,一日中ごろごろしたり,風呂あがりに全裸で過ごしたりすることは悪事ではない。だが自分が監視されていると知ったらどうなるだろう。

人の目があると意識するだけでも,人間の行動は変化する。規範的で体制に順々な行動をとるようになる。冒頭のニュースの件で言えば,そういう効果を見込んだ施策なのだろうが,その影響は「やましいこと」をしていない人にまで影響する。「プライバシーを理由に反対するのはやましいことがあるからだ」という主張は全く成り立たない。やましいことがないからこそ,自分の行動を政府に監視されることを拒むのだ。

インターネットはすべて完全な公共の場か

インターネット上のすべてのやりとりが完全にパブリックで,誰もがアクセスすることができ,政府もそれらを監視可能で,誰もがそのことに同意していればネット上のプライバシーの問題は存在しないことになる。街を歩けば自分の顔,髪型,体型などの情報を他人に知られてしまうのと同様に,インターネットを介してコミュニケーションを行うことによって必然的にすべて他人に知られてしまうならば,GoogleFacebookがユーザーの情報をいくら広告に利用したり,業者や政府に流しても何の問題もない。人々のプライバシーはインターネット以外の空間で保たれる。

しかし実際にはインターネットはそこまで完全な公共の場ではない。メールは原則的に第3者が読むことはできないし,多くのSNSには公開範囲を制御する機能がある。実際,多くのインターネットユーザーは,自分の書き込みや個人情報のすべてが公の情報として取り扱われることに同意していない。である以上,「やましいことがないならば,プライバシーなど気にする必要はない」という主張は全くの詭弁であることがわかる。僕の住所や電話番号や勤め先,あるいは小学生の頃に書いた作文はやましいものでもなんでもないが,他人にむやみに知られることを良しとしない。

プライバシーの新理論―― 概念と法の再考

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